【感想】吉田篤弘「流星シネマ」|

2026年1月7日水曜日

吉田篤弘

 

*本記事は、note(サイト)から移行した記事となっています。


吉田篤弘「流星シネマ」は、吉田篤弘さんの本の中で一番好きな本です。

ずっと持っていたい本で、みなさんにも感想をここに共有させてもらいました。

ぜひ、最後までご覧ください。


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この本に惹かれる理由 「アキヤマ君」


「流星シネマ」が好きな理由、それはずばり「アキヤマ君」にある。
アキヤマ君とは、この本に登場する男の子。
残念ながら読者である私たちは、彼が生きている姿を見ることができない。
つまり、この本の主人公である"太郎"の口から彼の事を知っていく。
そして僕はアキヤマ君を好きになった。
彼は何でも知っていた。
太陽の位置で方角を知る方法。風の吹き具合から雨の予兆を察する方法。絶対にはずれないロープの結び方。決して疲れることなく、長時間、泳ぐ方法など。
そうしたことを体で覚えた上で、図書館でさらなる知識を得ようとする彼の向上心。決して上から目線になることなく、素直に人と関わろうとする姿勢。そういう彼の人柄が、太郎たちはもちろん、読者である僕も彼が好きになった。
僕自身の理想の人間像が「アキヤマ君」にはあった。それも彼を好きになった理由の一つかもしれない。
前にも言った通り、彼は海の事故で亡くなる。
それがこの本の「森の奥のいちばん静かなところ」という話で詳しく語られる。実は、太郎ともう一人のゴー君という人物は、アキヤマ君と同じ舟に乗っていて、幸いにも生き残った二人でした。
この話を読んでいる間、CDのラストの曲が終わって、CDが回る音だけが聴こえる、あの静かな瞬間の中にいる気分でした。
CDというと、阿南亮子さんのサウンドトラックCD「恋する文学」と、この本は似ていると感じました。阿南さんが弾く、やさしくて静かなピアノの音と、この本が放つ静けさが合う。僕はこの本を思い出すとき必ず、恋する文学の"ピアノの音"がBGMとして脳内に流れます。


心に残った言葉


この本の心に残った言葉も共有したいです。
物語の終盤で、ミユキさんという人が言った

あのね、手を動かして始めないことには、未来は生まれてこないみたいなの。

p294 吉田篤弘「流星シネマ」(ハルキ文庫)

という言葉。
これは、夢見がちな僕が心の奥で思っていたけど、抑え込んでいた言葉でした。
"やってみる"ことは、シンプルだけどとても大切なことです。
悪いことばかり想像して動けなくなる僕だからこそ、この言葉を時々読み返して、大切にしまっておきたいです。

そして、太郎がカナさんと話し合っている時にふと思った

想うことで、この世からいなくなった人たちが、僕とカナさんの頭の中に召喚されているのだとしたら、ここに僕とカナさんが存在している以上、ふたつの頭の中の人たちもまた、いまここにいることになる。

p177 吉田篤弘「流星シネマ」(ハルキ文庫)

一人寂しい時、いまここにいない人たち(生きている・死んでいるに関わらず)を思い出すだけで、
その人たちといまここにいるというのは、寂しい心を静めるだけでなく、
頭の中にいる人の温かさを感じることができる素敵な考え方だと思いました。


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さいごまでご覧いただきありがとうございました!

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